100辞書・辞典一括検索

JLogos

72

桐迫村
【きりさこむら】


旧国名:豊後

(近世)江戸期~明治8年の村名。豊後国直入(なおいり)郡のうち。久住(くじゆう)高原中央部,久住川上流域に位置する。はじめ岡藩領,慶長6年肥後熊本藩加藤清正領,寛永9年からは同細川領。久住手永に属し,手永惣庄屋の支配を受けた。村名は宝暦年間の「肥後国中寺社御家人名附」に見え,村高は寛永11年の「肥後藩人畜改帳」「正保郷帳」「見稲簿」「天保郷帳」では久住村のうちか。「旧高旧領」572石余,「肥後国志」の年未詳の村高473石余。当村は宿場町久住の北側の村で,小村として境川村・梅木村・大迫村・室村・石ケ坪村・岡村・中(仲)村・徳ノ尾村・馬場村・青柳(あおや)村などがある(肥後国志)。境川を境に肥後熊本藩久住手永に接していた。天保10年の「影踏御改」では人数は男197・女161(後年記)。嘉永4年の改では牛326・馬131(同前)。小村の境川村を肥後往還が通り,境川(久住川)に架かる石橋は,文久4年に当地を通って長崎に向かった勝海舟が,「小流甚だ多く,架する橋は皆石橋,円形に畳み,橋杭なし」と珍しがった石橋の1つで(海舟日記),現在も保存されている。明治4年大分県に所属。同8年久住町・阿蔵野(あぞうの)村とともに久住村に合併。現在の直入郡久住町大字久住のうち。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7230158