浦之名
【うらのみょう】

旧国名:薩摩
清色(きよしき)(清敷)ともいい,裏之名とも書く。中世清色の領主入来院氏が慶長18年入来郷に復封した時,藩士清色衆に対して入来院氏領を浦之名と称したことから,これ以後,清色を浦之名と改称することになった(入来村史)。慶長19年7月23日の島津家久知行方目録によれば,「薩州入来院浦名内」の計58石2斗2升3合の地が肝付蓮光坊に宛行われており(入来文書),これが浦之名の初見。縄文早期の床並原遺跡,縄文前期の丸岡遺跡,縄文後期の般者遺跡,古墳期の牟多田遺跡・鎮守段遺跡などがあるほか,神籠岳(こうごだけ)には古代遺跡の環状列石があり女人不入の聖地とされている。
【浦之名村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【浦之名(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7236751 |





