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郡山町川田堂薗の供養塔群
【こおりやまちょうかわだどうぞののくようとうぐん】


日置(ひおき)郡郡山町川田堂薗に所在。同所にある比志島・川田両家墓地中の石塔群。県史跡。同地は中世島津荘寄郡満家院川田名の地であり,鎌倉御家人比志島氏庶流川田氏の所領であった。この供養塔群は中世の山城川田城の北の山ふところにある。墓域に壮大な2基の層塔と,比志島氏の祖頼重・栄尊,川田氏の祖盛資の名を刻むものを含む五輪塔5基,中小の五輪塔約40基,角石塔婆2基,永仁5年栄尊の菩提を弔うため造立の志趣文のあるものや,貞治4年在銘のものを含む笠塔婆等があり,これらの石塔は様式からみて鎌倉・南北朝・室町期のものと推定され,ほかに若干近世の墓塔も見られる。銘文の法名から川田氏4代義立,7代立昌の墓塔と確認される。川田氏は比志島氏の庶家,当地は中世川田氏の領内,あるいは遠祖比志島氏のものも加えて慰霊の地としたか,これらの石塔類は比志島文書・川田文書等の関係文献や,川田氏居城の遺跡等と併せて,中世の歴史を解明するうえでの重要な素材を提供してくれる。また川田氏の墓は川田川を挾んで堂薗墓地の対岸に当たる旧大川寺跡にもあり,そこには室町期以降近世にいたる川田氏歴代の墓が残っており,境内の川田神社に勝軍地蔵を祀る。




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「角川日本地名大辞典」
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