枕崎港
【まくらざきこう】

薩摩半島南西端,枕崎市街地の南部にある昭和44年3月指定の特定第3種漁港。花渡川河口に位置し,西方の火ノ神台地と東方の恵比須鼻に挾まれる深さ4mの人工港。東の赤崩鼻から西の山立神を結ぶ湾口の広さは約4kmで南向きのため風浪を受け易く,荒天時には他港へ避難しなければならない。昭和52年から進行中の第6次漁港整備事業で外港が完成すれば避難行動も必要でなくなる。「三国名勝図会」に「鹿籠村の海曲回り一里余なり,南溟杳然として,唯蒼烟を遙望す……東藻会彙に鹿郷崎とあるは此地なるべし」とある。この地は江戸期小漁村だった。開港および最初の波止めは安永4年枕崎の石工,神園孫兵衛が恵比須鼻から西北に長さ120m・幅20mの雁木を築いたものとされる。大正2~7年に西・南の防波堤設置,大正11年政府指定重要港としての改良工事で港内面積7万6,800m(^2)の港ができ,昭和26年9月第3種漁港に指定,その後台風の被害にあったが復興した。昭和44年3月には特定第3種漁港に指定され,全国的な重要漁港となった。昭和48年第5次,同52年第6次と続く漁港整備事業が完成すれば46万m(^2)の泊地ができ,生産から流通加工まで一貫して充実した本土最南端の大型基地としての発展が予想される。漁獲面では,明治以後カツオ一本釣基地として発達したが,その起源に「江戸中期以降の密貿易の取締りで坊津港を離れた船主を枕崎側が保護し,代わりに地場カツオをとらせたため」という説がある。昭和初期から,カツオ船の大型化,港湾の整備,カツオ節製造の発達などの要因で全国的なカツオ漁業の根拠地となり,西隣りの坊津港にとって代わるようになった。現在地元船主のカツオ船は11隻,299~499t型が中心で,南緯15°付近まで出漁し,2か月前後の操業を行っている。昭和54年の登録漁船171隻(6,070t),利用漁船1,102隻(4万8,796t)。属地水揚げ7万326t・117億1,600万円と県下最大で,水揚額の約6割をカツオが占め,以下サバ・アジ・イワシ・マグロの順となっている。水揚げカツオの約9割はカツオ節になるといわれるほどカツオ節加工が盛んである。カツオ節製造の起源は,宝永年間紀州森氏の伝来とされている。カツオ節加工業者は130余社。造船所(修理ドック),製氷・冷凍・冷蔵・給油などの施設のほか測候所もあり,漁港としての有利な条件を備えている。明治28年台風により出漁船23隻が黒島付近で遭難し,乗組員411人が死亡する大惨事もあり,かつては台風上陸地点となった。昭和20年枕崎台風,同26年ルース台風は防波堤・魚揚場などの機能施設に大損害を与えた。最近は的確な台風情報が漁船に伝えられ早目に東方の山川港へ避難できることや,直撃台風がないこともあって被害は出ていない。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7239114 |





