100辞書・辞典一括検索

JLogos

16

新城
【あらしろ】


旧国名:琉球

地元ではバテシィマ(我が島)といい,他の地域からはパナリと呼ばれる。石垣島の南西に位置し,西表(いりおもて)島と黒島の間の上地(かみじ)島と下地(しもじ)島からなる。パナリとは離れで,離れ島の意である。パナリの呼称は,上地島と下地島が離れていることにちなむといわれるが(南島風土記),この両島が黒島の属島,離れ島であることによるとも考えられる。パナリ焼の産地で,「ぱなりちぃちぃやーみゆんた」(ユンタ218/歌謡大成Ⅳ)に,次のように謡われている。パナリの若者,下地島の乙女は早朝から目覚めて,笊を肱にかかえ,金串を持って前の峰に登って行く。そこで赤土を掘り出し,前の浜の砂と混ぜて練りもんで,土鍋・厚鍋をかたどって,昼の7日,夜の6日干しさらして作りあげる。その土器を自分の船に乗せて,まずは黒島の保慶(ふかい村)へ運び込み,家々を回ってそれを売ったり,小豆や大豆と取り替えたりした。新城の経済や交流を語った古謡として貴重である。上地島には八重山考古編年第Ⅲ期のタカニク遺跡・ポンヤマー遺跡・ウヴドゥムル遺跡があり,土器・外来陶磁器が採集された。第Ⅳ期の遺跡には,アールウガン(東御嶽)・イールウガン(西御嶽)・インチケーの墓があり,遺物としてパナリ焼片が散布している。下地島には第Ⅲ・Ⅳ期に属する伝アラスク村跡遺跡・伝フクバレー村跡遺跡があり,外来陶磁器やパナリ焼片が採集された。第Ⅳ期の遺跡にはナーシキ貝塚・伝ウィスク村跡遺跡・伝ナーメ村跡遺跡・伝フザトゥ村跡遺跡・伝マヒヤン村跡遺跡がある。下地島中央に中森(火番岡)がある(県文化財調査報告書29)。
新城村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
新城(近代)】 明治41年~現在の字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7239721