内真部(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ奥内村,昭和30年からは青森市の大字。明治24年の戸数47・人口303,厩32,船11(徴発物件一覧)。梵珠山地のヒバ林の経営基地として注目され,明治19年に青森小林区署内真部派出所が内真部小林区署に昇格した。同27年に青森小林区署に併合されたが,同30年には再び独立し,大正13年に内真部営林署と改称した。奥内村・油川村・新城村・後潟村,それに滝内村西滝・三内・浪館が管区。地域は内真部川沿いの林道整備,林業雇用面で恩恵を受けた。昭和29年に廃止され,青森営林署内真部担当区事務所が残る。昭和26年に国鉄津軽線が旧松前街道(国道280号)の西側に並行して開通し,隣接する清水に奥内駅が開設された。現在も農業・林産・漁業を生活基盤とするが,漁業は沿岸漁業から帆立貝などの養殖を主体に転換した。西方の梵珠産地の眺望山一帯には自然休養林が設定され,行楽コースもできた。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7250297 |





