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大鰐町(近代)


 大正12年~現在の南津軽郡の自治体名。村制時の7大字を継承。平川に沿った当町は洪水に悩まされ,昭和になってからも同10年・同35年・同50年など幾回も見舞われたが,そのうちでも昭和10年8月22日は前日から降り出した豪雨で一瞬のうちに堤防が決壊し,流失戸数45・建物全半壊数112などの被害を受けた。これを俗に「大鰐流れ」といい,その被害記念碑が弘前市石川の大仏ケ鼻城址公園に建てられている。同27年弘前電気鉄道が開通。同30年には弘南バスの営業所が設けられ,国道はもちろん町内の山間部に支線バスが走るようになり,発展の一要素となっている。また昭和19年に設立された大鰐町農業会は,同23年大鰐町農協として再発足し,リンゴその他の農産物の生産・集荷・販売に活動している。昭和22年大鰐中学校が開校,同32年蔵館中学校・大鰐第二中学校を合併した。昭和23年県立柏木農業高校大鰐分校(定時制)が設置され,同55年県立弘前南高校大鰐分校(全日制)として新たに出発し,同57年県立大鰐高校として独立した。昭和29年蔵館町を合併し5大字を継承。同39年には弘前市森山と小金崎・鯖石・八幡館の各一部を編入,4大字を継承し当町は合計16大字を編成。昭和15年の世帯数1,539・人口8,170,同25年の人口1万1,315,同55年の世帯数4,267・人口1万6,316。農家数・農家人口と耕地面積の推移は,昭和40年1,882戸・1万616人,田5万5,334a・畑1万7,073a・樹園地7万4,939a,同50年1,695戸8,232人,田5万1,849a・畑1万4,236a・樹園地8万144a(農業センサス)。同51年5月弘前市の一部を編入,同年12月同市との間で境界変更実施,同52年一部が同市に編入した。同57年小金崎は鯖石に編入,当町は15大字となる。当町は現在阿闍羅山開発に力を入れ,冬のスキー場,夏のスポーツランドの造成が進んでいる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7250438