折笠村(近世)

江戸期~明治22年の村名。津軽郡鼻和庄のうち。弘前藩領。村高は,「正保高帳」186石余,「寛文高辻帳」424石余,「貞享4年検地水帳」223石余(田200石余・畑屋敷22石余),「寛保高辻帳」424石余,「天保郷帳」254石余,「旧高旧領」251石余。「貞享4年検地水帳」によれば,小字に「三原・宮川・房崎」があり,反別は田20町2反余・畑屋敷6町5反余(うち屋敷3反余)の計26町7反余,このうち田は上田から下々田まで,畑は上畑から下々畑まで設定されていた。元禄3年には高杉組に属し,村位は上(平山日記)。村内の寺社は,「享和3年寺社領分限帳」によれば,宝竜宮がある。また明治初年の「国誌」によれば,宮館村の稲荷神社に当村の神明宮が遷座している。明治4年弘前県を経て,青森県に所属。同11年中津軽郡に属す。明治初年の戸数23(国誌)。同12年の「共武政表」によれば,戸数25。人口174(男88・女86),馬32,物産は米・大角豆。同22年船沢村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7250530 |





