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鷹架(近代)


 明治22年~現在の六ケ所村の大字名。明治24年の戸数32・人口290,厩32,学校1,船7(徴発物件一覧)。大正13年鷹架分教場が平沼小学校から独立。昭和20年米艦載機の爆撃により鷹架小学校1教室がこわされ,住民2名が死亡。鷹架集落の世帯数は昭和16年38,同18年43,同42年53,同47年60。同54年石油国家備蓄基地建設決定に伴いその対象地区である鷹架集落は閉村した。なお地内の戸鎖地区は,明治30年の時点で戸数14を数え,同35年16戸の時,水田15町歩の開田をした。明治末期の開墾(水田)により農業が定着した。作物の収穫総面積1万2,210aのうち7,830aは稲作であった。畑作物としては芋類・豆類・雑穀類などである。昭和初期までは各家で牛馬10頭位は飼育しており,当時,馬屋からとれる堆肥は農家にとっては重要なものであった。大正13年鷹架小学校独立に伴い,平沼小学校戸鎖分教場も鷹架小学校戸鎖分教場となり,昭和16年独立した。昭和21年戸鎖青年団が結成された。同22年戸鎖中学校開校。同23年戸鎖小学校新校舎落成。戸鎖地区の世帯数・人口は,同31年84・621,同40年87・540,同45年87・450。鷹架全体の同56年の世帯数260・人口1,107。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7251394