洞内(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ大深内村,昭和30年三本木市,同31年からは十和田市の大字。明治24年の戸数132・人口961,厩131,学校2(徴発物件一覧)。以後の世帯数・人口は,昭和11年223・1,916,同30年371・2,617。洞内の南部駒踊は,昭和34年に県無形民俗文化財に指定され,次いで同49年に国指定の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財となった。同40年に法蓮寺所蔵の法身(法心)和尚像・道無和尚像・伽羅聖観世音菩薩像の3体が,市の文化財に指定された。昭和22年洞内小学校に洞内中学校が併設されたが,同26年には早坂中学校と合併して大深内中学校となった。また昭和22年洞内小学校羽立分校は独立したが,同47年晴山小学校と合併し第六小学校として発足,同48年ちとせ小学校と改称した。現在校舎は三本木に置かれている。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7252343 |





