100辞書・辞典一括検索

JLogos

16

広田村(近代)


 明治22年~昭和27年の気仙郡の自治体名。大字は編成せず。明治22年の戸数426・人口2,861。明治29年の三陸大津波の被害は,死者518,流失全壊家屋160,流失全壊船舶は405のうち348(哀史三陸大津波)。明治40年白浜郵便局開設。明治40年代に入り,臨時貨物汽船が字泊に寄港するようになる。明治40年代の主な漁獲物は,鮑と鮪。明治期,小松駒次郎氏は,遠洋漁業の振興に努め,潮流と水産の関係を唱えた(気仙郡誌)。大正6年の戸数470・人口3,420,職業別戸数は,漁業302・農業101・工業39・商業22・自由業3・その他3。農産物は,米1,075石・麦2,695石のほか蔬菜類8万8,296貫・甘藷6,000貫など。家畜は,馬191・鶏271。漁業では,発動機船10・日本形漁船360を有して,鱶6万7,734貫・鯣1万9,230貫・鰤1万6,607貫・鰈1万5,338貫・鮑7,200貫・昆布1万987貫など。工産物は,船17・漁網地120反など,水産物製造3,084円・缶詰業7,292円。尋常高等小学校の生徒数は,男319・女247(県町村誌)。大正14年村立広田実業補習学校(現県立広田水産高校)開校。昭和8年三陸大津波の被害は,死者・行方不明45,流失全壊戸数252,流失全壊船舶488,字泊と字長洞の2集落が全壊(気仙郡海嘯誌)。昭和10年の人口4,429。水産業が殊に盛んであり,漁業従事戸数598。漁撈関係の業主30・被用者550,製造関係の業主90・被用者180。漁船は884,うち小舟778・発動機船64・大型漁船2。主な漁獲物は,鰮・烏賊・鮪・鮑・海藻類で年産額90万円。水産製造品は,鰯粕・干鮑・若布など年産42万円。海岸線が複雑で集落が散在しているため,道路・通路の総延長は133kmに及ぶ(県郷土誌)。満州事変以後第2次大戦までの戦没者数209。昭和25年までの開放農地は,田4町余・畑12町余(市資料)。同27年町制施行。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7254757