三ケ尻(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ金ケ崎村,大正14年からは金ケ崎町の大字。明治22年の戸数134・人口880。同年字瘤木経由の函館街道が現国道4号の路線に切り替えられた。同23年日本鉄道(現国鉄東北本線)が開通し,大正11年三ケ尻信号所が設置され,昭和12年には六原駅に昇格した。東浦の旧陸軍兵舎跡に同21年岩手青年師範学校が移転,同24年国立岩手大学発足まで存続した。同40年六原駅隣接地に白河パルプ(現三菱製紙)が誘致された。字花沢には明治初期から江戸期の猟舟を利用した北上川渡船場があったが,昭和57年江刺市と金ケ崎を結ぶ江崎大橋(全長586m)の完成により姿を消した。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7254944 |





