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相川村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。黒川郡のうち。「封内風土記」の戸口30。これは人頭で,実際の戸数を示すものではなく,人数その他は「安永風土記」が未発見のため不明。「伊達世臣家譜」などによれば,藩士の石川氏が給地を与えられていた。天保5年の「仙台領郡村高」には拝領高650石余,新田高42石余とある(天保郷帳750石余)。村内には熊野社・三岳権現社・八幡宮の3社と臨済宗大白山明星院(瑞巌寺末寺)があった。また,善川堰があり,当村のほか,檜和田【ひわだ】・報恩寺・三ケ内【さんがうち】など4村の用水をなしていた(封内風土記)。明治元年新仙台藩,同4年仙台県を経て,同5年宮城県に所属。同22年黒川郡落合村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7255221