桜岡(近世)

江戸期~明治22年の端郷名。登米【とめ】郡吉田村のうち。元禄~享保期の新田開発によって成立。「安永風土記」によれば,村高は田代280貫余・畑代29貫余で計310貫余,うち蔵入地174貫余・給所136貫余。人頭226・家数678・人口1,276・馬197・かっこ舟2。鎮守は権現社,寺は曹洞宗法教山長源寺,修験は本山派竜宝院・羽黒派定学院の2か院,仏閣2堂。そのほか村内には8か所の御林,今泉館・新城という2か所の古館,周囲8里ほどの平筒沼,同じく周囲3里ほどの上筒沼などがある。明治元年土浦藩預り地となり,以後,涌谷【わくや】県・登米県・一関県・水沢県・磐井【いわい】県を経て,同9年宮城県登米郡に所属。同22年吉田村本郷および端郷善王寺と合併,吉田村の一部となる。吉田村は大字を編成しなかったため,以後桜岡が通称となっていたが,昭和32年米山町成立に伴い,現行の米山町桜岡となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7256397 |





