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三本木村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。志田郡南方【みなみかた】のうち。村高878石余(天保郷帳)で,3分の1が江戸期の新田。青木氏(41石)の知行10石など140石余が知行分で,残余は藩の蔵入地。「安永風土記」によれば,人頭139・家数214(うち借屋76)・人口981・馬90・舟2艘で,舟は80石積の穀運送舟と渡舟。奥道中歌に「寒いとて焚かれぬものは三本木」とうたわれた奥州街道筋の宿場で,南町3丁6間・北町3丁35間の三本木町があった。南は黒川郡吉岡町へ3里10丁余,北は古川町へ1里20丁余。北町には本陣・脇本陣があった。三本木川(小野田川・鳴瀬川)の舟運が河口から三本木を通って加美【かみ】郡四日市場まで通じ,北町裏には蔵場があって本石御蔵・買米御蔵など6棟の建物が並び,付近の産米を集めて石巻港まで運んだ。村鎮守は天王にある牛頭天王神社,ほかに八幡神社・白鳥神社(北町)・秋葉神社(館裏)・白山神社(清水沢)・山神社(山神)があった。北町には曹洞宗牛袋山慈眼寺がある。「余目記録」に応永7年,「牛袋ひじり」が京都に上り大崎一探題の御判をいただいたとあるのは,この慈眼寺ゆかりの僧と考えられる。境内には建武元年の古碑がある。明治元年新仙台藩,同4年仙台県を経て,同5年宮城県に所属。同22年志田郡三本木村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7256461