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田尻町(近世)


 江戸期の宿場名。遠田郡田尻村のうち。当地は郡内の涌谷・米岡・中埣,栗原郡高清水・瀬峰,志田郡古川の各地に通ずる道の集まる地であるため,伝馬継立のために設けられた宿場。田町・本町【もとまち】・荒町・新町・横町・中町より成る。田町は長1丁12間,家数25(うち沽却禿【こきやくつぶれ】10)本町は長1丁38間,家数44(うち沽却禿5)。荒町は長1丁30間,家数28。新町は長1丁35間,家数38(うち沽却禿8)。横町は長1丁40間,家数26(うち沽却禿5)。中町は長1丁14間,家数25。6町のうち。最初に形成された町場は当町であったと考えられる。当町には百々左京亮隆元家臣尾形掃部の子孫で肝煎を勤めた四郎右衛門家や,沼部村肝煎・人足肝煎などを勤めた(岩淵)孫右衛門家など,当地域の指導層が居住していた。また荒町には宿検断の(中沢)新之丞家が居住,横町裏には藩の御蔵場があり,買米蔵・雑石蔵が各1棟あった。当町には農民身分でありながら,副業として商業を営む町場商人の活動が認められ,毎月2と5の日の六斎市が開かれていた。その他「安永風土記」には各地への里程や,伝馬代金が記されており,伝馬代金には本荷・軽尻(士分の伝馬賃銭)・賃夫などの別がある。なお,近世の町場名は若干の変更はあるが現在も引き継がれている。ちなみに昭和50年の各町の人口は田町439・元町(旧本町)262・新町375・横町435・中荒町(旧中町・旧荒町)487であった。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7256776