100辞書・辞典一括検索

JLogos

37

直根郷(近世)


 江戸期の郷名。出羽国由利【ゆり】郡のうち。江戸初期には最上氏領・本田正純領・内越氏領・鶴岡藩預り地・矢島藩領と推移し,矢島筋之内直根・百宅・猿倉【さるくら】・吉谷地【よしやじ】通といわれたが中期以降は直根郷と称する(宝暦6年御領分覚書など)。大名主が置かれ,上直根・中直根・下直根・猿倉・百宅・前ノ沢・吉谷地の各村と才ノ神・高野平【こうやたい】の両新田村の計9か村を統率。正保3年の「知行高帳」では新田2か村を除いて田高682石余・畑高6石余。その後新田2か村で高66石余が増え,延宝4年「八千石御物成他納帳」では本田畑高689石余・新田畑高169石余とある。宝暦6年「御領分覚書」では大名主梶原市郎左衛門,高1,575石余(うち本田1,533・新田42)・家数161軒・人数938人。この高の増加は開田のほかに検地打直しによると推定される。文化14年「宗門人別帳」には家数151軒・人数1,050人とある。天保期の凶作被害は高冷地のため大きく,天保8年には死潰・極窮66軒に達した。明治9年までに上直根・中直根・下直根・百宅・才ノ神・猿倉の6か村となり,同22年合併して直根村となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7260744