大山(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ大山村,明治23年大山町,昭和38年からは鶴岡市の現行大字。地内に大山村役場・大山町役場が設置された。明治43年の戸数812,人口4,815うち男2,276・女2,539(西田川郡統計表)。昭和5年の世帯1,071,人口5,775うち男2,653・女3,122(西田川郡郷土調査)。同40年の世帯1,479・人口6,541(男3,043・女3,498)。明治期に入り製造販売の自由化に伴い,明治10年代に隆盛となった大山の酒造業は,明治20年代には,同22年国鉄東海道線,同26年国鉄東北線の開通により関西・関東酒が東北・北海道市場に進出したため大きな打撃をうけ,酒造戸数と醸造石数は,明治25年の23・6,789石,同32年22戸・5,421石,同36年14戸・4,936石と衰退した。大正期に一時回復し,同8年12戸・1万855石を記録したが,昭和3年11戸・8,453石,同55年には酒造戸数4となった。昭和15年大山酒造加藤嘉八郎が大山公園を造成。同43年大部分が大山1~3丁目となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7262148 |





