100辞書・辞典一括検索

JLogos

40

間沢村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。村山郡のうち。はじめ最上氏領,元和8年庄内藩主酒井忠勝の弟忠重の知行,寛永15年からは幕府領。村高は,元和8年351石余(編年西村山郡史),「天保郷帳」「旧高旧領」ともに627石余,および天保13年の村山石高帳でも変わらず。天正年間以前に開発されたという小山鉱山は最上金山とも呼ばれ,天正年間には金山奉行が置かれていたという。その後文政年間に再び開発された。寛永10年酒井忠重の苛政に対する白岩一揆が起き,同15年忠重は改易されたが,同年6月再び一揆が起きた。東泉寺の墓地には処刑された惣代の三十三回忌に建てられた,上部に二筋の縄目の刻線を持つ2基の供養碑がある。また天保8年には,夫食米不足による白岩郷騒動が起きている。寺院は曹洞宗東泉寺がある。同寺には弘法大師の捧持と伝えられる薬師如来像があり,寛永年間天幽和尚によって現在地へ移されたという。旧山形県を経て明治9年山形県に所属。同11年の一覧全図では,反別843町7反余,戸数115・人口750,間沢学校がある。明治11年西村山郡に属し,同22年西山村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7264780