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沢井村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。石川郡のうち。はじめ会津領,寛永4年白河藩領,寛保元年越後高田藩領,文化6年からは幕府領。村高は文禄3年の蒲生高目録で1,603石余,古領高長で1,662石余,「天保郷帳」1,751石余,「旧高旧領」1,123石余。慶長14年5月17日の聖護院門跡役者連署覚書(石川頼賢文書/県史7)は「一,中畠,一,沢井,一,竜崎,一,浅川,一,屋吹,以上,右之五ケ所近年八槻と出入雖有之,石川郡之内ニ相極候」として,八大坊にこれを安堵している。慶安4年の白川御領分高附并邑附覚によると家数105軒・人数568人,馬数35(二瓶勇家文書/石川町史)。鎮守は八幡宮,寺院は天台宗安養寺・真言宗宝海寺。寛政10年の浅川騒動では,当村の百姓徳左衛門が一揆勢の犠牲にあった(浅河騒動記/県史8)。明治6年宝海寺に沢井小学校(現沢田小学校)が設立された(石川町史)。同8年の戸数108・人口550(小7区沢井村戸籍)。磐前【いわさき】県を経て明治9年福島県に所属。同20年の戸数121・人口700。明治12年石川郡に属し,同22年沢田村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7267761