名入村(近世)

江戸期~明治22年の村名。大沼郡のうち。古くは金山郷に属した。はじめ会津領,寛永20年からは南山御蔵入領。滝谷組に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では207石余,延宝9年では247石余(滝谷組高反別古記/片山家文書),文化15年の村日記(県史10下)では258石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに258石余。端村に小山・高清水・飯岡がある。延宝9年の家数37軒・竈50・人数300,馬2。化政期の家数本村38軒・小山8軒・高清水16軒・飯岡2軒(新編会津)。神社は諏訪神社。寺院は曹洞宗竜昌寺。若松県を経て明治9年福島県に所属。戸数・人口は明治8年68・375,同20年62・398。明治12年大沼郡に属し,同22年川西村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7269037 |





