新石下(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ石下村,明治30年からは石下町の大字。石下町の役場所在地。明治24年の戸数215・人口1,075,厩50,船12。同28年竜巻がおこり,被害は新石下渡船場の舟が巻き上げられ死者2・重傷4・壊家50余(趣味の結城郡風土記)。大正2年常総鉄道が開通し,地内に石下駅開設。大正2~13年茨城県農事試験場が置かれ,主として水稲種子の試験が行われた。同12年の関東大震災で石下駅構内の石造倉庫倒壊,昭和20年2月16日米軍機が石下駅付近に爆弾を投下し死者1。同年7月28日米軍機が石下国民学校を銃撃。同35年町役場新庁舎が竣工。同42年旧石下中学校跡に私立東京学院石下高校が開校し,同46年町立に,同51年県立に移管。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7274443 |





