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高萩村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。安蘇郡のうち。はじめ佐野藩領,慶長19年幕府領,元和元年からは春日岡惣宗寺領。なお,惣宗寺は天明町にある天台宗寺院。村高は,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに23石余。「改革組合村」では植野村組合寄場に属し,天保年間の家数75。鎮守は諏訪神社,寺院には新義真言宗正福院がある。明治4年栃木県に所属。同6年鐙塚村・西浦村と当村が連合して鐙塚村に推明舎を開設,当村の生徒数は男20・女3。同11年推明舎は馬門村の有隣館と合併,当村と馬門・高山・越名・飯田の5か村連合の育英館となり,同館へ通学するようになった。生徒数は,男29・女7。明治9年の戸数91・人口430,田7町3反・畑89町1反,主な物産は米57石・陸稲132石・大麦300石・小麦450石・粟250石・稗180石のほか芋・大根・西瓜・茄子などの蔬菜類,酒200石など(地誌編輯材料取調書)。明治22年界村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7279617