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手岡村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。都賀郡のうち。日光神領。村高は,「慶安郷帳」69石余(田32石余・畑37石),寛文検地および「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに539石余。助郷は日光街道壬生【みぶ】通板橋宿・文挟宿に出役していたが,文化8年困窮のため休役となっている(いまいち市史)。二宮尊徳によって日光仕法が開始された嘉永6年の家数42・人数223,馬数31,反別67町9反余,荒畑31町7反余,起返地8町余(全集)。神社には人丸神社がある(旧県史)。明治4年栃木県に所属。明治初期の「地誌編輯材料取調書」によれば,村の広さは東西12町20間・南北14町40間,寛永7年板橋領検地の総反別は66町2反余,うち田17町4反余・畑46町7反余・屋敷2町1反余,寛文6年日光領検地の総反別は67町1反余,うち田15町4反余・畑52町1反余・屋敷1町7反余,明治9年の地租改正反別は田20町3反余・畑43町3反余・宅地4町7反余・平林68町6反余・林山138町余・萱場1町5反余・野反別14町5反余・荒地3町余・新開鍬下地3反余・秣場18町6反余など。また,明治10年の戸数45・社6,人口302,牝馬49,明治6年当村と岩崎村連合の岩崎学校を岩崎村に設置,明治10年の麻の産額は750貫(いまいち市史)。明治11年上都賀郡に属し,同22年落合村の大字となる。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7279772