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山窪(近代)


 明治22年~昭和29の日光町の大字名。明治24の戸数57・人口479(男247・女232),学校1,水車場4。畑作・林業を生業とし,特に明治期~昭和前期にかけては麻・養蚕が盛んであった。明治43年稲荷神社の社殿裏にあった老杉が倒れ,社殿が倒壊した(県神社誌)。世帯・人口は,大正14年78・520(男259・女261),昭和20年61・354(男158・女196)。昭和15年江戸期から続いてきた鎮守稲荷神社への奉納舞である関白流獅子舞の行事が絶えた。昭和24年本地区東方の行川中流域を震源とする今市地震が起こり,道路・学校を中心に多大の被害を受ける。昭和29年日光市山久保となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7281088