富田(近代)

明治22年~昭和42年の大字名。はじめ荒砥村,昭和32年からは城南村の大字。明治24年の戸数125,人口は男354・女358,学校1・水車場2。同42年の戸数126・人口933。明治40年富田信用購買販売組合設立。大正期から昭和期にかけて開墾が始まり,戦後も開墾が行われた。昭和22年9月カスリーン台風により荒砥川が大氾濫し,耕地などの埋没・決壊が甚だしかった。地内はもとより荒口・泉沢・今井などをはじめ大胡町や宮城村の関係者と荒砥川耕地整理組合を組織し,同23~24年工事を実施した。当地の工事面積は25町4反9畝余。同42年前橋市の町名となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7283716 |





