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豊田本村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。入間【いるま】郡河越【かわごえ】領のうち。古くは山田荘に属したという。はじめ旗本稲富・蜂谷・柘植3氏の相給,元禄年間からは幕府領。寛永2年7月27日,徳川家光は稲富重次に豊田村において264石を宛行っている(記録御用所)。村高は「田園簿」では531石,うち田220石・畑311石,ほかに寺領9石があり,「元禄郷帳」564石,「天保郷帳」906石余。村の規模は東西20町・南北13町余。化政期の家数120軒余。村内を川越より八王子(東京都)への往還が通る。鎮守は白髭社。神社はほかに聖天社・神明社など。寺院は曹洞宗豊田山善長寺で,当寺の開山良筠は天文13年の入寂と伝える。高札場は村の中央部。小名は鍛冶屋山・石田など。明治6年善長寺を仮用して公立小学校開校,生徒数40。同9年埼玉県に所属。同年の戸数178・人口887,馬15,荷車26・農車5。物産は鶏卵・米・大豆・大麦など。同12年入間郡に所属。同22年大田村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7288924