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今上村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。下総国葛飾郡のうち。はじめ山崎藩領,のち旗本一色氏領を経て慶安3年からは幕府領。村高は,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに1,162石余。延宝5年は村高1,162石余(本田563石余・新田598石余),反別188町1反余(本田107町7反余・新田80町3反余)で,田126町6反余・畑61町3反余(松本家文書)。宝暦10年村明細帳では,家数185(うち寺3・庵6)・人数872,渡船場1,川船28艘。文化2年の家数172・人数789で,職業には小売酒屋7軒など。寛文年間上花輪村高梨家が地内北西端江戸川河畔に醤油醸造蔵を建造,嘉永6年野田町茂木家が亀甲万南蔵を建造し,醤油醸造の一中心地となった。助郷は日光街道越ケ谷宿(現埼玉県)などへ出役。当村は上・中・下の3組から成り,神社は稲荷神社(上組)・八幡神社(中組)・女躰神社(下組)など。寺院は真言宗秀覚寺,曹洞宗正林寺など。明治6年千葉県に所属。同7年今上小学校開校,生徒数は男45・女2。同8年の反別171町8反余,戸数207・人口1,202(木間ケ瀬小沼家文書)。醤油の原材料・製品の輸送で栄えた今上河岸に同10年内国通運会社汽船発着所が設置された。同11年東葛飾郡に編入。同13年船問屋7,運船71(県統計書)。明治22年梅郷【うめさと】村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7291609