桜井村(近世)

江戸期~明治22年の村名。上総国望陀【もうだ】郡のうち。はじめ幕府領,のち「上総国村高帳」では旗本依田氏・太田氏の相給,「旧高旧領」では請西藩領。村高は,文禄3年「石高覚帳」558石,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに603石余。「上総国村高帳」では家数263。村民は半農半漁の生活を営み,木更津と富津を結ぶ旧浜街道沿いに集落が形成され,宿場としても栄えた。明治6年千葉県に所属。神社は諏訪神社・日枝神社。寺院は真言宗東光院・正福寺・光福寺。同6年桜井小学校設立。同18年の反別135町2反余,荷舟漁船ともに197(上総国町村誌)。明治22年真舟村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7293856 |