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練木村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。上総国周淮【すす】郡のうち。「上総国村高帳」では幕府・清水家・旗本本多氏の相給,「旧高旧領」では西端藩・幕府の相給。村高は,文禄3年「石高覚帳」105石,「元禄郷帳」105石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに219石余。「上総国村高帳」では家数18。延宝2年に小糸川洪水があり,同3年に峰田堰が造られた(斎藤氏代々略記)。宝暦7年大洪水,明和7年大干害,天明3年大風雨,同6年長雨と自然災害により,百姓困窮となり,そのため天明6年には諸勧進禁止の高札が立つほどであった(同前)。困窮する農民には米の提供・夫喰貸などの対策をとったという(同前)。弘化2年本多氏領農民と幕府領農民との間で秣場・森林への出入りをめぐって争論があり,幕府領農民が弘化4年に秣場立入りを認められて決着をみた(同前)。明治6年千葉県に所属。神社は日枝神社。同18年反別102町余(上総国町村誌)。明治22年中村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7295801