堀川村(近世)

江戸期~明治22年の村名。下総国匝瑳【そうさ】郡のうち。「東金御鷹場旧記」では小谷村と見え旗本本多氏領,「各村級分」では幕府・旗本本多氏の相給,「旧高旧領」でも幕府・西端藩の相給。村高は,「東金御鷹場旧記」600石,「元禄郷帳」605石余,「天保郷帳」1,432石余,「旧高旧領」1,434石余。天保9年の戸数152のうち農間渡世22(尾垂惣領村外十三ケ村組合諸商渡世向取調書上帳/祭魚洞文庫)。弘化2年の家数157(関東取締出役控帳/匝瑳郡誌)。明治8年千葉県に所属。神社は稲荷神社・星宮神社,寺院は真言宗吉祥院・延命寺(匝瑳郡誌)。明治22年栄村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7296524 |





