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新宿村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。荏原【えばら】郡六郷領のうち。検地は寛永21年。はじめ幕府領。元禄7年から江戸小石川(文京区)の護国寺領となる。初期に蒲田【かまた】村が新田開発により分村。母村は北蒲田村,枝村は蒲田新田と称した。正保改定図や「田園簿」では蒲田新田として登載され,「新編武蔵」所収の元禄改定図では蒲田新宿村と記す。東海道に面し,人の往来が多く,蒲田村の小名の古町田付近には従来町屋・商家が並び立っていたが,それが当村に移り住んでから新宿村と称したという(新編武蔵)。村高は640石余(田園簿),宝暦2年には600石余,反別は田50町余・畑27町余(新用水堀定之事)。化政期の家数58軒,村の北に呑川が流れ,夫婦橋が北蒲田村との間に架かっていた。東海道より西1町ばかりの所に宇佐八幡を勧進した鎮守八幡社,その北隣りに日蓮宗妙安寺があり,中世の領主行方氏の女の菩提寺であった(新編武蔵)。助郷は東海道品川宿(品川区)に出役。明治5年東京府,同11年荏原郡に所属。明治5年の戸数133・人口751,特産品に梨・梅・麦わら細工があった(府志料)。同22年荏原郡蒲田村の大字蒲田新宿となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7299801