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府中(近代)


 ①明治22年~昭和25年の大字名。はじめ七尾町,昭和14年からは七尾市の大字。地内は上府中・郡【こおり】町・日吉といった区域に分け通称されていた。明治28年4月,阿良町と米町にまたがって立地した七尾警察署が焼失したため当地の願正寺に一時移転し,7月相生町へ移転。同38年当地の常福寺を仮用して檜物【ひもの】町より七尾町役場移転。同役場は明治42年生駒町へ移転。大正2年矢田郷村大字府中の一部を編入。昭和13年の戸数326・人口1,342。同14年七尾市成立の際,矢田郷村大字府中を合併。昭和20年の世帯数・人口は上府中76・293,郡町東部127・539,郡町西部138・548,日吉26・102,上出町126・527,中出町32・155,山王出町54・245,袖ケ江町35・134,神明町97・373。同24年旧私立神明病院跡に飲食店街が形成され,同地一帯は銀座町と通称されるようになった。昭和25年七尾市大手町・檜物町・相生【あいおい】町・塗師【ぬし】町・今町・鍛冶町・上府中町・本府中町・袖ケ江町・郡町・神明町・御祓【みそぎ】町となる。②明治22年~昭和14年の矢田郷村の大字名。明治22年矢田郷村役場を設置。同年の戸数52・人口375。地内は山王出・裏出・上出の区域に分けて通称されていた。明治31年七尾鉄道が開通し,七尾駅開業。同41年七尾女児尋常高等小学校開校。大正2年一部を七尾町大字府中へ編入。同9年袖ケ江病院開設。また,同病院に通じる道路は大正11年七尾町町道に認定された。大正元年から同10年にかけて大字天神川原とともに耕地整理実施。昭和13年の戸数360・人口1,670。同14年七尾市大字府中に合併。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7327644