下据(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ上庄村,昭和29年からは大野市の大字。明治24年の幅員は東西8町・南北2町,戸数42,人口は男132・女139。同25年成山小学校開設,翌26年友兼小学校とともに統合され,城山小学校となる。同44年の戸数41・人口191,田43町6反余・畑4町1反余。明治40年耕地整理組合を組織し,堀兼用水組合に新規加入して村の西側,木本野の開墾をはじめ13町3反を開田した。昭和14年当村に農林省下据農事試験場が開設され,裏作試験場として大麦・菜種・レンゲ草の試験栽培を行う一方,稲作の研究,ラミー栽培の試験などを行った。同20年同試験場に林業試験場を付設。同33年市営農場となったが,同43年閉鎖。同53~56年に圃場整備を実施。世帯数・人口は,大正9年39・219,昭和10年40・222,同30年26・267。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7331715 |





