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中(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ織田村,昭和26年からは織田町の大字。明治24年の幅員は東西3町・南北4町,戸数30,人口は男94・女110。世帯数・人口は,大正9年34・144,昭和10年32・160,同30年36・211。昭和4年織田・萩野・常磐・四ケ浦・城崎の各養蚕組合は北陸最初の製糸組合三共社を設立し,当地と大王丸・三崎に製糸工場を設置。はじめ50釜,同11年釜150・女工150,年間繭消費量は5万貫に達した。同14年には全県下の製糸が当工場に集中,日本蚕糸製造会社に所属する福井社という軍需工場となり全盛期を迎えたが,戦後の化学繊維の発達により,同34年工場は閉鎖され片倉製糸会社に譲渡された。その後しばらく乾繭保管工場となったが,長野本社に引き上げられた。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7332877