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内船(近代)


 明治後期・大正期~現在の大字名。はじめ栄村,昭和30年からは南部町の大字。もとは栄村の一部。世帯数・人口は昭和30年396・2,475,同35年481・2,427,同58年571・2,121。栄村の役場の所在地。大正7年富士身延鉄道(昭和16年国鉄身延線となる)の内船駅が開設され,昭和3年になって富士~甲府間が全通し,急行電車が運行され内船駅は停車駅となった。そのため町内循環路線を通る山梨交通バス,町道佐野線を通る町営バス,その他富沢町の万沢十島線,国鉄身延駅へ通じる山梨交通バスが発着するバスターミナルとなった。地内は,上組として阿曽・小内船・富岡・一之出・中田・宇上,中組として倉ケ(が)平・居里・中村,下組として島尻,寄畑(国鉄身延線の無人駅がある),徳間・八木沢の3組・13区から成っている。内船寺を仮校舎とした栄小学校は,明治20年栄尋常小学校となり十島に十島支校,上佐野に上佐野派出校(分校)を設け,同31年に尋常高等小学校となり,同42年に中村に新校舎を建設。昭和27年からは峡南高校定時制栄分校(農業科)を併設,同36年まで存続。同55年鉄筋コンクリート校舎が完成。昭和34年南部町役場新庁舎が4473番地の1に完成。隣接して総合会館が同54年完成。国鉄内船駅を起点に国鉄身延線に沿って県道富士川身延線が通り,当地と南部間は国道52号が通じ富士川に架かる南部橋(昭和7年2月に181.8mの木橋を工費8,900円で架橋,現在の永久橋は昭和32年完成,長さ268m・幅員5.5m)で結ばれる。地内には栄保育園・有線放送栄事務所・森林組合・栄農協・建設省峡南国道事務所・建設省富士川中流出張所・甲府営林署内船製品事務所・南部担当区事務所・南部警察署栄駐在所などがあって,南部町の中枢的役割を果たしている。富士川の河川敷では昭和35年頃から川砂利の採集が盛んとなり,島尻に集中してみられる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7335243