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長沢(近代)


 明治後期・大正期~現在の大字名。はじめ増穂村,昭和26年からは増穂町の大字。もとは増穂村の一部。明治32年マッチ工場が創業。同42年設立されたサナギ工場は,のちに大正館製糸工場となる。昭和5年山梨電鉄開通,同37年廃止されのちバス路線に代わった。第2次大戦後,増穂中学校が発足し,昭和26年地内二十騎原に新校舎を建設。長沢公民館は県下第2号の公民館で昭和22年の開設。世帯数・人口は,昭和10年311・1,658,同22年428・2,276,同55年563・2,182。近年山村から当地への転居者が漸増している。昭和45年農業センサスによれば,総耕地1万155aで,地目別構成比は田42.2%・果樹園11.8%・桑園40.2%・普通畑5.8%。年々モモ・ブドウなどの果樹園が増えつつあり,温室メロンやハウス野菜・イチゴが増産されている。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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