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上飯田村(近代)


 明治22年~昭和4年の下伊那郡の自治体名。もとは上飯田村の一部。大字は編成せず。明治24年の戸数781,人口は男1,924・女1,877,厩2・学校2・水車場25。同38年江戸中期に開かれた大平街道46km大改修完工,同42年国鉄中央西線が三留野まで開通。大正9年飯三索道により上飯田砂払三留野間の索道運搬開始,1日3往復の乗合自動車が開業。飯田の物資・特産物がこの通路で名古屋方面に出るようになり,中馬街道は寂れた。元結・水引は上飯田村羽場・箕瀬・羽根垣外・丸山・東野の南向きの段丘崖にはざ場を持ち,明治末年から大正初期にかけて生産が多くなった。大正11年伊那電気鉄道が飯田まで開通,飯田駅が飯田町と上飯田村の境に開設,以来上飯田の近郊住宅地化が急速に進んだ。大正9年の世帯数1,667・人口7,478。昭和4年町制施行。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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