多良村(近世)

江戸期~明治22年の村名。美濃国石津郡のうち。村高と領主は「慶長郷牒」3,086石余,うち奥平助兵衛知行地139石余,交代寄合旗本高木貞友・貞俊・貞盛知行地2,194石余,旗本居倉青木氏367石余,旗本新井別所氏385石余。「正保郷帳」では高須藩領599石余が加えられ,計3,662石余(うち田方1,756石余・畑方1,870石余,ほかに紙桑木高3石余・山年貢高31石余)。村内を伊勢街道が通る。特産に茶がある。のち当村は,江戸中期に上野・鍛冶屋・宮・羽賀原【はがら】・奥・岩須・馬瀬・松之木・前夫【ぜんぶ】・小山瀬・上原・栃谷・屋敷・延坂【のべさか】・中田・樫原【かしわら】・名及【なぎゆう】・猪尻【いのしり】・加毛脇【かけのわき】・禰宜【ねぎ】・淵之上・東山・堂之上【とうのうえ】・北脇の計24か村に分村(元禄郷帳)。幕末,分村した村のうち上野村114石余・前夫村108石余・栃谷村71石余・屋敷村80石余・延坂村76石余・中田村155石余および他村の一部を含めて再び多良村が見える(旧高旧領)。「旧高旧領」によれば,村高985石余,うち幕府領笠原郡代支配599石余・旗本新井別所氏知行地385石余。しかし明治初期に入り村名解消となるが,明治22年当地域に多良村が成立。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7345249 |





