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東小熊村(近世)


 江戸期~明治30年の村名。美濃国羽栗【はぐり】郡のうち。はじめ稲葉正成知行地,元和5年からは尾張藩領となる。村高764石余,うち田方478石余・畑方286石余(正保郷帳)。足近【あぢか】輪中のうち(徳川治水記)。村の南に枝村江頭【えがしら】,西小熊村の西に枝村外粟野【そとあわの】がある。「濃陽徇行記」によると,本郷の広さ東西5町・南北8町,枝村外粟野は東西8町・南北2町。戸数187・人口888,馬12頭。名古屋へは8里。集落は美濃路の通る堤沿いに東西へ長く続く。枝村外粟野は堤外にあり,高付70石余,畑が多い。枝村江頭【えがしら】は高付なし。助郷は美濃路墨俣【すのまた】宿に出役。村内に一里塚がある。神社は若宮八幡社ほか4社,寺院は真宗東派了応寺がある。明治4年岐阜県に所属。同5年の村明細帳の戸数243・人口1,287。同24年の濃尾地震の被害は全壊202・半壊80(震災誌附1)。同30年羽島郡小熊村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7346200