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松風の里(中世)


室町期から見える地名尾張国愛知郡のうち連歌師宗祇は「宗祇袖下」で「夜さむのさと,松風の里,ね覚のさと,名所也」と記しているが(続群17下),この3か所とも「尾張志」では「今其処定かならず」と述べている歌枕の地として名高い「夫木抄」巻31には「まつかぜのさと,尾張」の詞を添えて「松風の里に群れゐるまな鶴は千年かさぬる心地こそすれ」の歌を載せ,歌枕書「秋の寝覚」にも「尾張」として出す場所については諸説あり,正覚寺付近,浜御殿の内,鈴御前社の北(以上,現在の名古屋市熱田区内),あるいは横須賀村(現在の東海市内),牛毛・荒井(現在の名古屋市南区),大高城(現在の名古屋市緑区)などに比定されている永禄10年8月,連歌師里村紹巴は大高城に入り,「城は松風の里,麓は呼続の浜なり」と記したが,その夜半すぎに西にあがる長島の戦火をみて起き出し,「旅枕夢ちたのむに秋の夜の月にあかさん松風の里」と詠んでいる(紹巴富士見道記/群書18)寝覚の里については,「伊勢大輔集」「万代集」などに出る歌枕であるが,同じく紹巴が「ね覚里の上山崎」と記しているので(同前),現在の名古屋市南区山崎町の付近と知れる江戸期にも熱田宮近くの歌枕と認識されていたようで,「寝覚は松風の里,呼続は夜明けてから,笠寺は雪の降る日」と松尾芭蕉の詞にあり(芭蕉句集/古典大系),「東海道名所図会」では「浜の鳥居の東」とあって,これによると現在の名古屋市熱田区内田町辺りとなるまた,夜寒の里は比定地未詳の歌枕であるが,江戸期には熱田宮近くに付会されていたようで,「東海道名所図会」では熱田神宮の「春敲門の北の森のほとりをいふ」とし,歌枕書「秋の寝覚」も「尾張」とする「夫木抄」巻31には「諸共に鳴きあかしつるきりぎりす夜寒の里の草の枕に」などを載せる




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7361328