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尾呂志組(近世)


 江戸期の紀州藩の組名。牟婁郡のうち。所属の村は,浅野氏時代は尾呂志荘の7か村であったが(慶長高目録),元和5年徳川氏が入封すると,紀州本藩領と新宮城主水野氏知行地に分割され,当組は尾呂志荘のうち新宮領の川瀬・栗栖・上野・坂本・西原の5か村と有馬荘のうち中立村との計6か村となった(紀伊続風土記)。なお,尾呂志荘のうち残りの片川・矢野川の2か村は入鹿組に属す。当組の総石高は,「慶長高目録」1,541石余(旧尾呂志組),「天保郷帳」1,899石余,「旧高旧領」1,945石余。安永6年「尾呂志組大指出帳」によれば,高1,895石余(うち新田高226石余),ほかに長徳寺領5石余,家数303,8歳以上の人数1,663(男875・女788)と見える(南牟婁郡誌)。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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