菅生(近代)

明治22年~昭和42年の大字名。はじめ櫛田村,昭和32年からは松阪市の大字。明治22年の戸数20・人口126,総面積25町余,うち田16町余・畑1町余(町村分合取調書)。大正2年結成の農事奨励団体「櫛田村三友会」の当地の会員3名。「櫛田村農友会」会員5名。畑はほとんどが桑園であった。明治末期上七見とともに朝見村への合併を希望して分村紛争を起こし,以来地内の児童を朝見小学校へ通学させた(櫛田郷土史)。昭和12年の養蚕戸数12・収繭量654貫余,養鶏戸数21・鶏数946,牛12,馬2(同前)。同42年菅生町となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7365546 |





