綾部村(近世)

江戸期~明治22年の村名。何鹿郡のうち。はじめ福知山藩領,元和6年幕府領,寛永10年からは綾部藩領となり,村域の一部はその城下町となる。城下町綾部町は当村から本宮【ほんぐう】村にまたがって形成され,当村内で城下町綾部町を構成した町場は田町30軒および裏行18軒・新町61軒・上町35軒。「元禄郷帳」によれば当村の枝村として野田・味方・青野・坪ノ内・新宮・寺・田野・井倉の計8か村が見え,また,当村からは綾部組の大庄屋が出ていた。村高は「天保郷帳」で3,511石余,「旧高旧領」では512石余。「旧高旧領」では「元禄郷帳」に見える枝村8か村がすべて分離記載されている。「巡察記」の村高447石余,反別田16町余・畑27町余,家数228・人口915,馬2・牛4。明治4年綾部県を経て京都府に所属。明治初年の戸数227(何鹿郡誌)。同14年村内の町場部分は綾部町となり,残余の村分は同22年市制町村制により成立した綾部町の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7373486 |





