豊中(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ穴師村,昭和6年大津町,同17年からは泉大津市の大字。明治22年の人口670。旧集落の北側に昭和16年府立大津高等女学校(現府立泉大津高校)が設置された。第2次大戦後は市道泉大津中央線が整備されたり,最近では第二阪和国道の建設などが進み,住宅地として発展している。人口は,昭和25年1,326,同35年1,630。昭和13年池浦・和泉町・府中・肥子の各一部を編入し,一部を池浦・穴田および和泉町に編入。同39年池浦・我孫子【あびこ】・宮の各一部を編入,一部が同51年池浦町3丁目,同56年北豊中町1~3丁目となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7384813 |





