加納町(近世~

江戸期~昭和59年の町名。江戸期は姫路城下の1町。武家地。姫路城の南西。外濠の内側,十二所前に連なる。町名の由来は,荘園であった時代の院領,加納田の遺称か(市制三十年姫路市史)。江戸初期は下銀子屋町(下白銀町)と南片町(新身町)となっており(多木文化振興会蔵姫路城下図),元禄年間頃は内豆腐町(南町)に所属する(県立歴史博物館蔵元禄11年姫路城下図)。宝暦11年姫路之図(琴丘高校蔵)には夫婦町と記されており,寛保2年写の播州姫路図(姫路城管理事務所蔵)に加納町と記されているのが初見か。元文5年の家数15,地子銀111匁(穂積家文書)。明治14年の戸数21・人口82,宅地787坪(播磨国地種便覧)。同22年姫路市に所属。大正元年の戸数18(姫路紀要)。世帯数・人口は,昭和2年34・129,同35年21・81。同59年区画整理により南町・立町・十二所前町となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7389566 |





