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北油良村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。丹波国氷上郡のうち。江戸期は北由良村と書いた。もと豊臣氏蔵入地・岩根久右衛門領。慶長6年別所吉治領,寛永5年幕府領,同10年からは三田【さんだ】藩領。村高は,文禄4年の郡村高辻帳(外島文書)では桟敷村分を含み637石余,「丹波国郷帳」391石余うち田230石余・畑161石余,「氷上郡郷村帳」「天保郷帳」ともに391石余。ただし山役は幕府に納入。北東部の屋形屋敷と称する所は別所氏の陣屋跡。当時の重臣は吉田氏,大庄屋は由良氏(丹波志)。「丹波志」によれば,家数63,当村は農業中心であるが,江戸初期は城下として,また街道としても栄え,のち街村は谷町とも称する。産土神は山王権現社(現日吉神社)。住人はもと北田井の加茂大明神の氏子であったが,分離して同社を祀ったという(丹波志)。愛宕山(現愛宕神社)は法道仙人の開創といい,別当寺は天台宗福岩寺(丹波志)。同寺はのち廃寺。また,山中に布目瓦の破片の散布している堂跡がある。寺院は享禄2年開創の曹洞宗大原山安養寺(同前)。境内に幕末に塾を開いた菅沼定之の墓がある。明治初年から北油良村と表記。同22年油良村の大字となる。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7390276