竜野町(近世~

江戸期~現在の町名。江戸期は姫路城下の1町。町人地。1~6丁目がある。明治初年~明治22年は姫路を冠称。姫路城の南西,船場川右岸から西への東西の町筋。町名の由来は,当地が竜野へ向かう道,竜野口に当たっていることによる。国衙庄姫路図(姫路市史)によると,東から西へ順に1丁目~6丁目が記される。播磨平定に成功した秀吉は天正8年に姫路城に入り,三層の天守を築くと同時に城下の発展策を講じた。各地から移住する者が続々と集まり,たちまち数千の家が並んだ(姫路城史)。その1つの現われが当町の市であった。江戸期には繁盛した地で,地子銀は竜野町1丁目787匁余・同2丁目445匁余・同3丁目373匁余・同4丁目246匁余・同5丁目290匁余・同6丁目137匁余(姫路市史)。なお,「天保郷帳」「旧高旧領」に竜野町出作279石余(白国村に所属か),「旧高旧領」に竜野町新田144石余(山畑新田か)が見える。明治22年姫路市に所属。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7393007 |





