生瀬(近代)

明治22年~現在の大字名。昭和26年からは塩瀬町を冠称。はじめ塩瀬村,昭和26年からは西宮市の大字。明治24年の戸数126,人口は男315・女307。同30年阪鶴鉄道宝塚~生瀬間が開通し,有馬口駅が開設。さらに同32年には三田まで延長され,有馬口駅は生瀬駅となった。大正13年宝塚~名塩間にバスが走った。国道176号は明治33年と昭和26~31年の2度大改修された。宿駅業が衰えたあとは砕石業が目立っており,昭和13年大阪砕石工業,同29年市営砕石工場が業務を開始した。また当地に源泉水が湧出するため,ウイルキンソン炭酸泉会社が,明治38年に創業。第2次大戦後は「バヤリース」の商標でジュースを生産した(生瀬の歴史)。昭和44年一部が塩瀬町青葉台となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7394291 |





