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郡山城下(近世)


 江戸期の城下町名。添下郡のうち。郡山藩の城下町。近世の郡山城は,中世の郡山の土豪中殿・辰巳殿・薬園(矢興)殿の3つの館を含み,薬園村と郡山村の地,さらに新木村の一部にも食い込んでつくられた。築城は天正年間筒井順慶にはじまり,豊臣秀長の時代に主要部ができ,秀保を経て増田長盛の時代に外濠がつくられて完成したといわれる(大和郡山市史)。町づくりも筒井順慶の時代にはじまり,筒井城下の商家を当地に移転させ,六斎市が立つようになったという。本町・塩町・魚町などはこの頃に成立したものであろう。天正13年秀長が入部すると,城下町経営が本格的に行われ,特に同年10月奈良における商売を一切禁止して商売は郡山のみに限るという極端な郡山城下保護策をとったため,当城下は急速に繁栄していった。天正16年の郡山惣町分日記(春岳院文書)には,本町・魚塩町・堺町・柳町・今井町・綿町・藺町・奈良町・雑穀【ざこく】町・茶町・材木町・紺屋町・豆腐町・鍛冶屋町(のちは鍛冶町)の14町の名が見えている。鍛冶町は本町の枝町で,これを除く13町がいわゆる箱本13町を構成することになるが,これらの町名には同業者の集団と他地域からの移住集団により町が形成されていったことをよく示している。箱本とは,郡山町中がもつ特権を示した3通の文書を納めて封印した箱を各町が1か月ずつ持ち回りで保管し,その町が箱本と呼ばれ,町政を担当する自治制度である。なお各町には年寄・月行事・丁代がいた。天正19年にはこれらの町は地子を免除され,のちこの地子免除の町は内町と呼ばれることになる。寛永年間頃には町の数も増加し,寛文年間~延宝年間頃までにはほぼ内町27町・外町13町からなる郡山町の構成が整った。享保9年の和州御領郷鑑によれば,内町27町とは本町・魚町・塩町・堺町・柳町一丁目・柳町二丁目・柳町三丁目・柳町四丁目・柳町五丁目・今井町・綿町・藺町・奈良町・雑穀町・茶町・材木町・紺屋町・豆腐町・鍛冶町・新紺屋町・車町・新町・中町・北大工町・矢田町・洞泉寺町・西奈良口町,外町13町は柳裏町・柳外五丁目・柳町六丁目・東岡町・西岡町・南大工町・外矢田町・高田町・野垣内【のがいと】町・観音寺町・東奈良口町・何和町・平野町である。内町は地子免許,外町は年貢地で,内町の名は外濠の内側の町であることにちなむものだが,柳町五丁目・西奈良口町は濠の外にあっても内町に属し,南大工町・柳裏町のように濠の内側にあっても外町ということもあった。延宝8年12月15日に大火があり,670余軒を焼失。また元禄12年1月26日の大火では家持490軒・借家434軒・寺4の合計928軒が焼け,犬23匹が焼死した(大和郡山市史)。享保9年の和州御領郷鑑によれば,家数3,656うち内町1,855(本家852・借家1,003)・外町1,801(本家613・借家1,188),人数1万3,258うち内町7,038(うち僧49)・外町6,220(うち僧26),造酒屋38軒(造高3,280石)うち内町33軒(造高2,970石)・外町5軒(造高310石),職人422人(内町310・外町112),商人2,795人(内町1,288・外町1,508),医師59人(本道30・針医17・外科7・目医師4・歯医師1)がおり,神社は郡山八幡宮と薬園八幡宮,寺院は33か寺があり,また山伏7人がいた。町の経済としては,「郡山繰綿」の名で世に知られるように綿商人が活躍し,和州御領郷鑑でも綿問屋7人・綿屋130人を数え,明和4年に奉納された春日神社の灯籠には「和州郡山城下町中,綿屋仲間二百五十人」とある。そのほか享保9年の書上によると,酒造・紺屋・掛屋・古手屋・古鉄屋・質屋・米屋・味噌醤油屋などがそれぞれ株仲間を結成していた。天明7年5月13日米騒動が起き,米屋5軒が打ち壊された。明治4年廃藩置県に伴い,当城下の各町は独立した町となり,それらを総称して郡山町と呼ばれることになる。また郡山城とその武家屋敷地も郡山町の一部となるが,明治9年その北部が北郡山村,南部が南郡山村として分村した。江戸期からの各町も若干の変動があり,明治初年に鍛冶町が北鍛冶町・中鍛冶町・南鍛冶町に分かれ,新町と中町は合併して新中町となった。また堺町は明治初年北堺町と南堺町に分かれたが,明治15年再び合併して堺町となった。同15年頃には,戸数1,870(うち士族315)・人口9,114(うち士族1,187),馬2,馬車1・牛車1・人力車2人乗91・人力車1人乗51・荷車60・小車78,税地は田畑なく宅地のみで7万7,163坪余,古跡として盤城跡・芭蕉塚・羅城門・薬園宮があり,民業は商業2,486戸・工業621戸など,物産は錦魚50万尾・鯉100万尾・酒2,541石余・醤油718石余・酢120石・油584石余・木綿1万6,200疋・水杓1万本(町村誌集)。同17年平野町と何和町は九条村の一部となる。同22年市制町村制施行による郡山町となる。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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